【近況】
■■演劇関係■■
【出演】終了しました。ありがとうございました。 5月12日(金)〜17日(水)MCR 本公演『不謹慎な家/佐藤さんは殴れない』@OFF・OFFシアター(下北沢)に出演します。詳細はこちら。[2017/05/20]

■■映像関係■■
【出演】短編(2分)の映画『End Of Asia 〜アジアの端の不思議な帽子屋〜』が、SONYの「PROFESSIONAL MOVIE AWARD」にて審査員賞を受賞しました。こちらからご覧いただけます。[2017/01/17]
【出演】出演DVD『love and hate』の発売を記念して、挿入歌「どしゃぶり」のMVが公開となりました。詳細はこちら。[2015/03/12]
【出演】出演作「連続webドラマ[CHATGIRL 2nd]Saori〜優しい女〜」も含めシリーズ全話が収録されたオリジナルDVD『love and hate』が数量限定販売中です。詳細はこちら。[2015/03/12]

■■音楽関係■■
笹口騒音オーケストラ参加の新アルバム「笹口8才記念盤 スピリットアルバム『あなたの悲しみは売れるだろう』」発売中。通販はこちら。[2017/03/08]
笹口騒音オーケストラの1stライブDVD『TOMORROWISLAND IN THE MOON』発売中。詳細はこちら。通販はこちら。[2016/07/13]
笹口騒音オーケストラの公式Twitterができました。[2016/02/12]


2011年02月22日

このところの私 その1

私はいま、心療内科に通っています。
昨年(2010年)11月からのことです。

体調が思うように芳しくなかったのは大学4年の頃からで、思い返せば約4年越しに、現在きちんと病院に通院していることになります。

4年間のうちに3カ所のいわゆる「心療内科」や「精神科」を訪ねましたが、ろくに患者の体調も聞かずに「まあ、うつ的なものでしょう」と言い、患者と目を合わせることもろくにせず(これがいちばんむかつく)、PCの画面に向かってぱぱっと薬を処方する医師たちをどうにも私は信頼することが出来ず(よく言われる「3分診療」というものですね)、1度きり病院へ行っては、その日処方された薬を飲み、自己暗示で「これでよくなるはず」と言い聞かせるようにして事を終える、ということを1年に1回のペースで繰り返していました。近親者から、「そんなのは気の持ちようだから、一度ゆっくり休みなさいよ」と言われたのもきつかった。今思い返せば、なんでもない、なんでもない言葉だ。
「気の持ちよう」
「リフレッシュ」
「民間療法」云々、
試せるものは知る限り試した。
しかし当時、目の前には減った倍ふえる膨大な仕事があり、体調を崩しているわけにはいかなかった。ゆっくり眠り続けるわけにもいかなかった。
そんな中で、新しい病院を訪れるということを私の場合は3回、決死の思いでインターネットで検索しては足を運んできました。
「病院を探す」という行為すら、
PCの電源をつけ、病院の評判を検索したりして、電話で予約をとる。という行為すら、
「それだけの」と言えるような行動が、本当に辛い。数メートル手を伸ばせば付けられるPCの電源を、どうやってもつけられない。布団から出られない。携帯電話をみることもしたくない。自分が自分を生かす気持ちがとっくに失せているからだ。
病院を訪れるその1回1回は、猫の手でも借りたい・藁にもすがる思い、という表現がぴったりくるような、必死のものでした。必死に電車に乗り、病院へ行き、
そして、
がっくりして帰る。

うつ病とはいったいなんなのか、私には未だよくわかっていません。
人それぞれに症状があることを様々な文献、インターネット上の文章や経験談を参考に知りましたが、つまるところ自分が「これはうつなんじゃないか?」と思い専門の医師にかかったらほぼ間違いなく「あなたはうつです」という診断が下るように思うのです。

いい加減な医者は多い。
現代、少なくとも東京で「心療内科」「精神科」の看板を掲げれば、ほぼ食いっぱぐれることはないんじゃないか。患者はなにもしなくてもやってくる。

私はお医者だってサービス業の側面を持っていると思う(心療内科・精神科に関わらず)。
受付の応対、待合室の雰囲気、先生の言動や人柄。良い病院にあたるとそれだけで、「ああ元気になろう」と思えたりするものだ。

そうだ、唯一、誤解なきよう述べておきたいのは、「うつ病」は「たしかに病気である」ということです。
それは間違いないのです。
本人がどんなに「こう在りたい自分」の理想を抱いても、「生きていたい」と思いたくても、それが実現出来ない。

だって脳から分泌される物質が、科学的に医学的に、足りてないのでしょう?
原因は様々あれど、人がにこりと笑って軽快に歩くために必要な脳内物質がなにかしら欠乏されているから、思い通りにいかないのでしょう?

その証拠に、私は現在、薬の処方が変わる度に明らかに体調を変えている。
快方に向かうばかりではないが、3歩進んで2歩下がるように、少しずつ回復しているように思える。
気持ちは前向きで楽な方向へ向かっている。こうして文章だって書ける。

「そんなの甘えだ」「気の持ちようだ」「あなたはネガティブ思考なのね」
と、うつ病の場合、誰より当人自身がそう思いがちだ。
でもきっと、そんなことではないのだ。
当人は必死で、自己嫌悪し、それでも自身を鼓舞させようとし、しかしうまく行かずポンコツな自らと対峙している。
ああ一銭も働けずそれでも腹は減り排泄はし汗はかくのだから身体は痒くなり頭皮だって痒くて痒くて我慢ならず風呂に入らねばならない。歯磨きをせねば口内が気持ちわるい。
けれど人に会いたくない、布団から出られない、朝が来るのが恐ろしい、
自分には、
なにも、
できない。
そんなどうしようもない日々を自らの手で絶ちたいと思い、それでもそれも成すこと出来ず、かちかちと進む秒針を眺めては、ああ自分はなんのために一体生きているのだろう、生きていなければいけない理由は何もないのではないか、自分などただの穀潰しで、不要な人間に違いない、と。

なんて書くと自殺を推奨しているようにも聞こえるが、そんなことは断じてない。
東京がダメなら他の県に身一つで行ってもいい。
日本じゃなくて海外でもいい。
やり直すことは、どうにかして何か方法が絶対に「絶対に」あるはずだから。

数ヶ月前、大好きな大学時代の後輩が、自殺によりこの世を去った。
卒業以来連絡をとりあうことはなかったけれど、私には大好きな大切な後輩だった。
なんでもいいから会う口実があればよかったのに。
神様はなんていじわるなんだろう。
楽になったかい?
今もどこかにいるのかい?



…ところで、私が書くこれらの文章はすべて経験談であるので、不適切だったりおこがましい表現があるかもしれないが許してください。けれどこうして経験談を公開することで、似た症状を持つ人の何かしらの参考になれば、と思うのです。

さて、私の場合の要因は、「過敏すぎる感性」「周りにどう思われているか常に気になって仕方がない」という、自身の性質に起因した部分が大きい。と自己分析する。
普段それらは人としてはメリットであろう性質なのだが、一歩踏み外すととんでも無い「ストレスを抱える原因」になる。
大勢の前に代表として立つということ、睡眠時間が十分に取れない生活、にも関わらず十分に得られるわけではない収入。私がいくら働こうとその実情を誰とも共有出来ない孤独感。定収入のあるサラリーマン的固定職に就いていないことから来る親への後ろめたさ、伴って親からやってくる電話「お金大丈夫なの?演劇じゃなきゃだめなの?鳥取にとにかく帰ってきてみないな」。

ああ、細かいことは忘れてしまった。
思い出すことから書いていく。


posted by たなか沙織 at 15:39 | Comment(0) | 病気のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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